ここ最近、参考資料と称してTwitterで宣伝されているオーディオドラマや、自分や知人の過去作品を聞き返したり、ラジオ局のラジオドラマなんかを聞いたりしているわけですが。
思ったことを覚え書きとして。
自主制作オーディオドラマで俺が途中で集中力が切れる作品にはやっぱ傾向があるんだな、と。
それは「無音・ガヤ」のシーンが長いもの。
個人的には3秒。
心理学的にも3秒前後が一つの「今を感じる」単位、とされているようで。
人間に限らず、自然界で3秒というのは大きな意味を持つ時間らしい。
ラジオ局の場合でも
3秒ルールあるいは5秒ルールというものがあるそうだ。
©️講談社 波よ聞いてくれ 沙村弘明 著
3秒だろうが5秒だろうが、結局はそれ以上の時間の間が空くと、人間はあれ? って思うものなわけだ。
俺が集中力が切れた作品を一つ例に挙げると
主人公が雑踏の中を歩くシーン、足音と背景でガヤが喋っているだけのシーン。
このシーンで次にアクションが起こるのは
40秒後だった。
10倍以上の何も起こらない、何もないシーンを展開していたわけだ。
しかもリスナーからすれば、この足音が「主人公のものかのかどうか」すら、40秒後のアクションが起こるまで一切わからない。
これが映像作品であれば、歩いている人物が見えているわけだから、そんなことは起こらないだろう(それにしたってカメラワークも一切なくただ歩いているだけなら問題だと思う)。
ガヤや足音というのは厳密な「無音」ではない。が作中の出来事としては「何も起こっていない」瞬間である。
その何も起こっていない時間が3秒を超えていることで「視聴者を次の展開が起こるまで待たせている」という状態になるわけだ。
作者の目線からすれば、役者陣にやってもらったガヤをしっかり使いたい、という気持ちや世界観や雰囲気を伝えたい、という気持ちもあるだろう。
だが、それは本編の展開で伝えればいいだけだし、あらかじめ知ってほしいと思うのならあらすじ紹介なりなんなり別の手があるだろう。
放送事故、とあえていうがそれを起こしてまで伝えなくてはいけない内容ではないし、事故で伝わるものなどそもそも高が知れる。というものだ。だって集中力切れてるから。
逆に、ホラー作品の場合であれば、3秒の間を空けて何も起こさないことで、安心感を与えて、その上で驚かせる。という手は効果的なのかもしれない。ホラー映画の間がどれくらいか、測ったことはなかったが。
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